『探偵小説の黄金時代』(マーティン・エドワーズ)

『探偵小説の黄金時代』(マーティン・エドワーズ著、森英俊白須清美訳、国書刊行会、2018年)を読みました。20世紀戦間期のイギリスではアガサ・クリスティーやドロシー・L・セイヤーズなど多くの有名作家が現れ、後世に残るミステリーの名作・傑作が数多く出版されました。彼らは果たしてどんな人物だったのか、お互いの関係はどうであったのか、1930年に結成されたディテクション・クラブを軸に資料を駆使して活写した一作です。

クリスティーセイヤーズアントニー・バークリーの3人の記述が多いですが、コール夫妻やオースティン・フリーマンなどの有名作家から、よく名前は見るけど何者か不明だったロバート・ユースティス、実はアカデミー賞とっているクレメンス・デーンなど多彩な顔ぶれが並び、マニアとして心が躍ります。(クロフツに点が辛いのはファンとして残念ですが)クリスティーの失踪事件、セイヤーズの隠し子、バークリーの退位反対キャンペーンといったゴシップ的な内容も多く(若干引きますが)興味津々です。そしてしばしば現実感の無さが指摘される戦間期イギリス・ミステリも時代の影響を強く受けていたことが本書で示唆されています。

これまでディテクション・クラブについてまとまった記述のある本といえば『ジョン・ディクスン・カー 奇蹟を解く男』くらい(本書でも参照されています)でした。本書はミステリー史を埋める重要文献であると同時に、ブルームズベリー・グループモダニズムといった「正統的」なイギリス文学史と並行したもう一つの出版・文学史とも言えるでしょう。(2つを架橋するような人物も本書には登場します)著者のエドワーズは実作者でありディテクション・クラブの会長ですが文学研究の立場からの研究の発展も期待したいところです。

記述上の疑問として、二次文献や推測に頼る部分がいささか多い点があります。ただ資料の欠落等でいたしかたない部分もあるでしょう。もう一つはディテクション・クラブ会員たちのファシズムへの向き合い方について、25章を中心に多くが反対していたと記していますが、作中で茶化していることをもって反対していたとまで言えるかは疑問です。すぐ後に出てくる「正当な殺人」という考え方が作家の間に広まっていたことと矛盾があるような気がするのはハワード・ヘイクラフト『娯楽としての殺人』の読みすぎでしょうか。

本書を読むうえで出版社の視点からは『ゴランツ書店』(シーラ・ホッジズ著、奥山康治・三澤佳子訳、晶文社、1985年)と『ペンギン・ブックス』(J・E・モーパーゴ著、行方昭夫訳、中央公論社、1989年)が副読本でしょう。同時代のイギリス文学・文化については『愛と戦いのイギリス文化史1900-1950年』(武藤浩史ほか編、慶応義塾大学出版会、2007年)や『帝国の文化とリベラル・イングランド』(大田信良著、慶應義塾大学出版会、2010年)などが参考になります。また歴史書は数多いですが『イギリス現代史 1900-2000』(ピーター・クラーク著、名古屋大学出版会、2004年)が詳しいです。